| 2009年の総括と2010年への期待 |
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2009年の総括と2010年への期待
2009年は大変お世話になりありがとうございました。 ハッスルも創業して四半世紀になろうとしています。 「よくもやってこれたものだ」というのが本音です。 これも常日頃、お世話にっている皆様のおかげとあらためて感謝をしています。
さて、2009年を振り返りたいと思います。 ハッスルはもともと不況の波を受けない会社です。特に2009年は、開港150周年事業の開催の年であり、3年がかりで準備を進めてきたこともあり、年明けから多忙な幕開けとなりました。森はすでに2008年受注した、市民協催事業に没頭をしていましたし、小嶋もデスティネーションキャンペーン事業の最終の詰めの作業に没頭をしていました。2009年を乗り越えるために何を正月にしたかといえば、「神頼み」でしょうか。金沢七福神と瀬谷の八福神をてくてく廻ったりもしました。実に横浜の奥深さと文化を味わいました。 3月までは、開港150周年にむけて準備に忙殺をされ、4月のY150のopen以降は、現場体制。3月には約20年間ハッスルをはなれていた、小嶋の妹、ハッスル石川をハッスルに復帰させ、熊本大学からヨコハマが好きでハッスルに就職したホープのハッスル志賀も新たな戦力になってくれました。5月は日本大通で開催された、フラワーアートの巨大花絵作りで50万人のお客様に楽しんでもらい、この業務ではハッスル貫井が大活躍をしました。 6月には、ガストロノミ協議会の食イベントを成功させ、赤レンガの区民デーでは、18区のイベントを受け入れ、夏に突入。その間、ハッスル湊は、みなとみらいの150周年事業関連でみなとみらい地区を自転車で出走していたのが印象的でした。 Y150の期間中、森はY150の協会に詰めて、市民の対応と開催現場に板づいていました。またハッスルのムードメーカーのハッスル佐藤も独自のイベントを展開していました。 Y150閉幕後は、北仲地区の森ビルさんの用地で「スローフードニッポン」の食イベント、11月には横浜中華街発展会のフードフェスティバル「美食節」、みなとみらいのクリスマス、大黒ふ頭のイルミネーションと今尚動いています。 この間、横浜のあわただしさとは別に全国のプロモーションを確実にこなしているハッスル坪井の存在も小嶋にとっては、頼もしい限りでした。また現場の多いハッスルで経理を担当したハッスル海老塚の存在も大きかったです。 ハッスルは、8人の良きスタッフに恵まれているのが財産です。
2009年は150年に一度の横浜の記念の年でしたが、小嶋にとっては、「微熱都市横浜」であったと感じています。 横浜市の行政が疲弊し、中田市政の傲慢な展開が市民にしわ寄せを招き、本人はけろりとしているのが許せなかったし、なにより、責任のなすりつけの横浜市に怒りがこみ上げてきて、そして通り越して、あきれてものを言う気がしなくなってしまったのが実感です。少し微熱が続き気分がハイになり、なんだかふらふら状態で365日を過ごした感がありました。
―おまつりは終わりました。― 2010年初頭は小嶋は次なる「おもしろいこと」「よこはまがたのしくなること」を探して上海を起点に旅にでます。2010年の小嶋のテーマは、「商都ヨコハマ」の復活です。もちろん皆さんが笑って過ごせる都市「笑都」やエンターテイメントな都市「SHOW都」もいいでしょう。行政や企業という骨組みに翻弄されないあたらしい感動づくりをめざしたいと考えます。 「めげない・あきらめない・くじけない」ポジティブハッスルはこれからも、ヨコハマにこだわり、ヨコハマを世界に発信できる企業として皆様と一緒に育っていきますので、これからも本音のお付き合いをよろしくお願いします。
ハッスル株式会社 代表取締役 小嶋 寛 |
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